東京大学 東洋文化研究所 教授
日本サステイナブルコーヒー協会 理事
池本 幸生
サステイナブルとは「持続可能な」という意味です。サステイナビリティ(持続可能性)という形でも使われます。持続可能性が注目されるようになったのは、1987年の『地球の未来を守るために』(Our Common Future)という報告書の中で「持続可能な開発」という言葉が用いられてからです。この報告書は、元ノルウェー首相のブルントラント氏が委員長を務める「国連環境と開発に関する世界委員会」の報告書であったため『ブルントラント報告』とも呼ばれます。
『ブルントラント報告』では「持続可能な発展」を「将来の世代がそのニーズを満たす能力を損なうことなく、現在のニーズを満たす開発」」と定義しています。
“Sustainable development is development that meets the needs of the present without compromising the ability of future generations to meet their own needs.”
例えば、私たちが自然資源を使い果たしてしまったり、環境を破壊し、自然が失われてしまうと将来の世代は困ります。そのようなことがないように私たちは環境や自然を保護し、将来の世代が少なくとも私たちと同じような暮らしを享受できる環境を守らないといけません。環境問題は将来世代の暮らしに大きな影響を与えるため、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんのように若い人たちが立ち上がっています。今の世代は、将来世代に対して快適な環境を残していくという責任があります。
「持続可能な開発」が将来世代が快適な環境を享受することを目指しているように、「サステイナブルコーヒー」は将来世代も私たちと同じように「美味しいコーヒー」を飲み続けられることを目指していると言えます。「美味しいコーヒー」は単にカップテストの結果だけで決まるものではありません。本当に美味しいコーヒーとは何でしょうか。
サステイナブルコーヒーという言葉が使われ始めるのは2000年ごろからです。当時、コーヒーの国際価格が暴落し、コーヒーからの収入が減少したために世界中のコーヒー農民は貧困に喘ぐという「コーヒー危機」が起こっていました。ところが、日本ではそのことが知られることなく、美味しいコーヒーが安くなったと喜んでいたのです。農民の犠牲の上に美味しいコーヒーを飲んでいても、本当に美味しいと満足できるでしょうか。このような状態がずっと続くわけではありません。つまり、サステイナブルではないのです。コーヒーの価格が低迷すると、農民はコーヒーの木の手入れをしなくなり、コーヒーの品質は低下します。コーヒーの木の栽培を止めてしまうかもしれません。そうすると、私たちは美味しいコーヒーを飲めなくなります。
コーヒーをサステイナブルする上でコーヒー農民の貧困問題とともに重要なのが環境問題です。地球温暖化による気候変動によってもコーヒーも危機にさらされています。気候変動によってコーヒーの木が生育する環境が失われていき、2050年にはアラビカ種の生産量が半分にまで落ち込むと予想されています。これが2050年問題です。このような危機を避けるためには、二酸化炭素などの温暖化効果ガスを削減することが必要であり、それは私たちが今、取り組まなければならない問題です。
コーヒーの木は適切に栽培されるなら環境にやさしい作物です。コーヒーの木は日陰で育つため、シェードツリー(被陰樹)と一緒に植えられると、生物多様性にも貢献します。そのような環境をスミソニアン渡り鳥センターは渡り鳥が休息する森として「バードフレンドリー」の認証を与えています。
日本に住んでいる私たちにとって、遠く離れたコーヒーの産地で何が起こっているかを知ることは大事なことですが、それは簡単なことではありません。もちろん、直接、関わることも困難です。現在、フェアトレードやレインフォレストなどの様々な団体が、サステイナブルコーヒーの生産や流通を推進する活動を行なっています。それらの団体は、それぞれの理念のもとに独自に設けた基準にしたがってコーヒー生産者・流通業者をチェックし、改善が必要な点に対してはアドバイスや技術支援をおこない、基準をクリアしたものには認証マークが付いて販売されています。そのような認証コーヒーを選ぶことも私たちにできることのひとつです。
消費者にはそれ以外にもできることがたくさんあります。環境に配慮した消費のあり方は「エシカル消費」と呼ばれ、注目されています。例えば、プラスチックのレジ袋を使わない、プラスチックのストローを使わない、テイクアウト用のプラスチック製カップの代わりにマイカップを持参する、など実際にできることもたくさんあります。一人の人ができることは限られているとは思わずに、多くの人が参加すると大きな変化をもたらします。コーヒーをサステイナブルなものにすることに参加できるのです。